Après l'attentat du 13 novembre

Bonjour.
Comment allez-vous ?

今月はいろいろありすぎて、体力的にも精神的にも下降線ですが、そうもいってられないのが現実で。

わたしと友人がオーガナイズする展示会のギャラリーに赴くため、今夜通った République 周辺では、

Boulevard Magenta の路肩に Gendarme の護送車 Fourgons が10台以上並び、あちこちに塊になった armées が武器を持って辺りを見回している・・・

という、物々しい雰囲気でした。

メトロの8番線も、怪しい小包が発見されたとかで、メトロの通路やホーム、車内で何度もアナウンスが流れ、朝から上下方向止まっておりました。

こちらのテレビでは、2週間経つ今でも、緊迫したニュースや débat(議論)が繰り広げられています。

しかも、KAMIKAZE(カミカーズ:日本の「神風特攻隊/神風特別攻撃隊」が由来)が「自爆テロ攻撃」の代名詞どころか呼び名となってしまい、1時間のニュースで何度も発音される、論議の場で何度も叫ばれる。

最初はそれを耳にするたび憤慨し、とても悲しくなっていたんだけど

わたしにとって日本のカミカゼは「自らの命を犠牲にした殺し合い」でも
日本以外の国では「自らの命を武器にした殺し合い」

区別はないのかな、と思いました。

・・・

(それでもやっぱり腑に落ちない。)

今回の l'attentat(テロ攻撃)はとてつもなく衝撃でした。
ふだんパリで生活していれば、一般市民には避けられようもない場所がことごとく標的として選ばれていたからです。

連続テロの犠牲者を出した Le Stade de France も、小劇場 Le Bataclan も、師匠といっしょに訪れたことのある場所でした。

同スタジアムには3年前の10月12日金曜日にサッカー日仏代表の親善試合を観に行っていたし(今回も金曜の夜で、ドイツ代表との親善試合の真っ最中でした)、バタクラン劇場には、ここでも何度もご紹介している大好きな Tomas FERSEN のコンサートを観に行きました。

カンボジアレストラン Le Petit Cambodge に至っては、わたしがちょうど今主宰している展示会の帰りにときどき寄っていた親店 Le Cambodge の系列店で、歩いて1〜2分の距離にあります。

Le Cambodge はおばさんの作る料理がとても美味しいので気に入って、機会があれば師匠やともだちと通っていた店でした。
いつ行っても若いパリジャンやパリジェンヌたちでぎゅうぎゅう詰めでした。

あの道 Rue Alibert の角を曲がった Rue Bichat には、わたしがパリに来て初めて作品を置いてもらったセレクトショップ Objet Céleste が曲がったすぐのところにあり、今でも近くを通ればときどき顔を出していました。

撃たれたのがなぜわたしじゃなかったのか・・・と考えてしまうほど、いつ誰が銃撃に倒れてもおかしくない場所ばかりなのです。

そういうところをことごとく狙った今回の卑劣極まりない凶行は、まさに多くのパリジャンやパリジェンヌ、フランス国民を不安と恐怖の渦に陥れるには恰好で、周到に綿密に計画されたもの。
本当に強い憤りを感じます。

だからって、「目には目を」以上の形で空爆によって報復している Hollande さん。
わたしは全然納得いきませんが。

今では遠く離れてしまった日本の情勢にも疎く、一生身を置くであろうフランスでも、移民のわたしは蚊帳の外。

わたしは一体、何を見て何を感じ、何をしてきたのだろうか?
そして今、なにをすべきなのか?

思うところはいろいろあるけれど、ここでは控えさせていただきます。

犠牲になられた方々、ご家族に、周りの人々に、心から 心から 心から 哀悼の意を表します。

もう止めなくちゃいけない。
憎み合い、殺し合いを。

もう消えてしまった命のためにも、今まだある命のためにも、これから芽生える命のためにも。

こんなわたしのキレイ事が、当たり前の現実になる世の中を祈って。

KiKi