欧米人にとっての「読書」とは?

今日もまた眠れないので、ちょっぴり思うことをつらつらと・・・。

フランス語と英語と日本語の発音のちがいって、なんなんだろう。よく疑問に思います。

いまじゃいろんなことが科学的に解明されて、「英語には日本人に聞き取れない領域(周波数)の音がある」なんて、テレビの番組で特集されてたりしますよね。確かに、アメリカ人やイギリス人のスピーチは、語彙不足ってのもあるけど、なかなか聞き取りにくいです。

フランス語だと、ことばの意味が分からない単語があっても、聞き取れるから不思議。その辺が、フランス語の発音は日本のそれに近い、なんていわれる所以なのかしら。

わたしは、英語の作文や会話はできません。もちろん熟語やふだんのいいまわしなんかも理解できません。

でも、小さいころから両親がビートルズやカーペンターズを年がら年中かけていたこともあってか、よくいっしょに歌ったり、カレンの美しい発音をまねたりしていたのだけども、その発音が、フランス人にはまったく通じないの・・・。

それなのにそれなのに、日本語英語(つまりカタカナ英語)ではっきりいい直すと、「あー、なるほど!」って通じちゃうんですね。

これって、なんなんだろう・・・。
フランス人の、音のとらえ方のちがい?
いつも疑問に思います。

たとえば、英語では知ってるけど、フランス語ではどういえばいいのか分からない単語。一生懸命、英語の発音をして伝えるのだけど、聞き取ってもらえない。で、開き直って「カタカナ」で一字一句ハッキリ発音すると、フランス人て理解できちゃうんですね。師匠に限らず、ほかのフランス人の友だちでもおなじ。

前に、興味深い内容を、鹿島氏の本の中で読んだことがあります。これも、「セーラー服とエッフェル塔 (文春文庫)」から。

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おおざっぱに彼の記事(?)を要約すれば、日本語というのは、文字(おもに漢字など)は表意記号、つまり、見て理解できるもの。だから日本人は、書くことのほうにたけているらしい。外国語においても、試験などで正しいつづりをかけるのは、日本人がダントツなのだそう。

フランス人とチャットしていると、日本人のわたしでも呆れてしまうほどつづりがちがっていたり、人称や時制がちがっていたりするのです。でも、発音してみれば、音としてはまったく同じなんですよね。

確かに、日本語では漢字ひとつまちがえたら、まったくちがう意味のことばになってしまったり、漢文を見てもなんとなくだけど意味が分かったりしますよね。それは、漢字そのものに意味があるからだと思うんです。漢字の形・部首の組み合わせっていうのは、見ただけで一目瞭然、っていうところがありますよね。

ここで、鹿島氏の記述に戻ります。

フランス語の手紙が、おなじラテン語を起源とするイタリア語風につづられていて、理解に苦しんだのだそう。で、彼は考えて、ローマ字風に声に出して読んでみました。それで、やっと意味が分かったのだそうです。

その昔、4世紀の後半に時代はさかのぼります。

聖アウグスティヌスがミラノを訪れた際に、当時おおくの人びとから尊敬されていた学僧が黙読していたのを見て、アウグスティヌスは最初彼がなにをしているのかわからず、大いに驚いたのだそう。(マングェル:盲目のボルヘスの本読み係をしていたといわれるアルゼンチン出身の大知識人の語るエピソードより)

当時の先進国イタリアでも、文字はすべて声に出して読む、というのが普通だったのだそうです。19世紀のバルザックやフローベルの時代にでさえ、黙って文字を目で追うことはそれほど普及してはいなかったらしい。

読書行為の歴史をある程度知っていた鹿島氏でも予想外だった記述、それは、『読書の歴史ーあるいは読者の歴史』という本の一節。

「中世もかなり時代を上るまで、文筆家は、自分が文章を書いている時にそれを声に出しているのと同じく、読者も、たんにテクストを見るのではなく、それを聞くものだと考えていた」

むずかしい部分は中略しますが、

「銘板や巻物、写本に表現された文字の音は、目で知覚され口で発音されてはじめて理論的なものとなっていたのであり、ものを考えてそれを発話することが読書だったのである。」(同じくマングェル 前掲書)

あんまり引用してもつまらないので、この辺でやめておきます。(興味深い記述が多いので、知りたいかたは鹿島氏の本をよんでね)とにかく表意文字(漢字など?)は「視覚的」であり、欧米語などは表音文字、「聴覚的」である、ということかな?

だから、みなさんにもぜひ、外国語を勉強する際には、声に出して耳・感覚で覚える習慣を身につけて欲しいな。それがいちばんの近道だと思うのです。

かなり乱暴に鹿島氏の文章を要約していえば・・・

アルファベットでの記述とは、ある種の「録音機」的存在で、それを声に出してよむ、ということは、その文字としての録音を自分で「再生」し、その音にあらわされた意味として理解する、といえるのでしょうか?

初心者のかたでもとっつきやすいようにと今までずっとカナ表記してきましたが、途中でやめたのも、むりやりおきかえたカナでまちがった音として覚えるのではなくて、音としてからだにしみこませてもらえたら、という願いからです。

だから、どうしても音声ファイル付きのブログなりサイトをつくりたかったのです。

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ところで、話をもとに戻すと、なぜわたしの発音する英語は通じなくて、カタカナ読みの英語は通じるのでしょうか・・・。(もちろん、英語の発音が悪いにしてもね!)

その辺は、まだまだ解明していきたいナゾの部分です。